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zawa's blog

読んだ本や論文のメモ

【論文】Could a Neuroscientist Understand a Microprocessor? (E. Jonas et al., UC Berkeley, 2017)

journals.plos.org

 

概要

脳科学の分野では脳に関する理想的な情報データベースさえあれば脳がどのように情報処理をしているのかをデータ解析によって明らかにできると信じられている。しかし、仮にそのようなデータベースがあったとしても、データ解析の結果が正しいものなのかどうかは誰にもわからない。そこで、構成や振る舞いを完全に把握することができるマイクロプロセッサを脳に見立て、そこから得られる情報を使ってデータ解析によりその情報処理過程を明らかにできるかどうかを調査した。その結果、データ構造に関する興味深い洞察は得られたものの、マイクロプロセッサにおける階層的な情報処理を記述するには至らなかった。これは、脳に関する情報をどれだけ集めても、既存のデータ解析手法では神経システムに関する十分な理解を得ることができないことを示唆している。

 詳細

【何を持ってプロセッサを理解したとするのか】

  1.  何を解こうとしているのかを理解する
  2. どんなアルゴリズムでその問題を解こうとしているのかを理解する
  3. どうやってそのアルゴリズムを実装しているのかを理解する

 

【神経回路マップ】

顕微鏡を使った解析により、どういった種類のトランジスタがどのように接続されているのかというマップを手に入れることができた。しかしながら、マップだけではその内部でどのような処理が行われているのかを明らかにすることはできない。

 

トランジスタの損傷実験】

特定のトランジスタを損傷させ、マイクロプロセッサのある動作(ゲームの起動)に問題が出るかどうかを調査することで、その動作に必須のトランジスタを明らかにすることができた。しかし、実際には各トランジスタは何らかの動作に対応するのではなく、もっとシンプルな一つの関数に対応する(例えば全加算器など)。したがって本来はそのような特定の関数だけが機能するような状況下で損傷実験を行うべきであるが、そういった条件を作り出すのは極めて困難か不可能である。

 

【チューニング特性の解析】

トランジスタのon-off特性を解析することでチューニング曲線を描くことはできるが、そこからプロセッサについての理解を得ることは困難である。

 

トランジスタ同士の動作相関】

トランジスタ同士の動作に相関が見られないか調査したところ、ほとんど相関は見られなかった。やはり動作データだけから機能に関する洞察を得ることは困難である。

 

【局所電場電位の解析】

ある局所領域に存在するトランジスタの平均的な活動を求めたところ、周波数パワーに冪乗則に従ったふるまいが見られた。これは一般的に自己組織化臨界の強い兆候であるとされる。スペクトル解析の結果、各領域に特有のリズムが観測されたが、これはアーチファクトである場合もあり、実際の情報の流れを理解する助けにはならない。

 

【グレンジャーの因果性検定】

グレンジャーの因果性検定により、領域間の関係性が明らかになったが、粗い分解能のネットワークが得られただけであり、そこからさらに細かな演算まで調べるのは非常に困難である。

 

【次元削減】

全てのトランジスタのふるまいを調べ、得られた高次元データに対して非負行列因子分解による次元削減を行なった。その結果と既知の信号との比較により、クロック信号やリードライト信号と関係する成分を見つけることができた。しかし、こうした関係性が明らかになったところで、実際にプロセッサがどのように情報を処理しているのかを知ることはできない。

 

【ディスカッション】

マイクロチップを脳に見立てた実験においても、標準的なデータ解析手法は実際の脳での実験と極めて似通った結果を出した。しかし、それらはチップの十分な理解とは程遠いものであった。この失敗の理由を単に脳とマイクロプロセッサは違うからだと片付けることはできない。なぜなら脳とチップには共通点も多く、また、これらの解析手法がチップではダメでも脳ならうまくいくとは思えないからだ。しかし今回用いた手法はあくまでもクラシックなものであり、より近代的な手法を使うことでさらに深い洞察が得られる可能性はある。我々は、プロセッサを理解する手法を開発することは脳科学における重要な中間ステップであると考える。脳を理解するのに適した手法は、プロセッサの理解にも適しいているに違いない。問題は、脳科学者がマイクロプロセッサを理解できなかったことではなく、現在用いられている手法では今後もそれを理解できないであろうことである。